Boote in der Nacht 夜の舟  aus dem Musical Elisabet

Du und ich, wir sind zwei Boote in Nacht.
Versteh'mich... Ich brauch' dich... Ich lieb'dich... Kannst du nicht bei mir sein?
Warum sind wir...allein?
あなたと私、私たちは、夜に浮かぶ二そうの舟。
私のことをわかって欲しい・・・私にはあなたが必要だ・・私はあなたを愛している・・私のそばに いてくれないか? どうして、私たちは一人ぼっちなのだ。

 1914年7月、サラエヴォ事件を導火線として第一次大戦の端緒が開かれたとき、フランツ・ヨーゼフ帝は84歳になろうとしていた。その頃には、ほとんどシェーンブルン宮殿から一歩も出ることはなかった。ひたすら国家のためを思い、義務観念にあふれた彼は、死の直前まで、一日とて政務の机を離れることはなく、せっせと書類の山に眼を通し、必要なものには署名していた。そして、1916年11月11日フランツ・ヨーゼフはついに息をひきとった。やがて世界大戦も終わり、それと共に1918年、ハフスブルグ帝国は名実ともに瓦解した。

 19世紀後半、ウイーンの中欧政府に対して最も過激に自由と独立を迫ったのはマジャール人を主とするハンガリーであった。そしてチェコ人も同様の民族運動を展開し、多民族国家オーストリアは、年を追うごとに混乱の度を深めていった。 第一次世界大戦が終結するまでのオーストリア=ハンガリー帝国には12にのぼる民族が含まれていたが1918年の終戦と共にこれらの民族は次々と独立し、そして苦難の道を?歩み始めた。

 2004年EU・欧州連合は25カ国に増え2007年にはルーマニア、ブルガリアが加盟予定である。その後もトルコ、ノルウエイ、スイス、アイスランドの加入も待たれている。30カ国を超えるEUがフランツ・ヨーゼフを悩ませた民族問題などにどの様に対処するのであろうか。
 最近、EU元加盟国は自分たちの既得権をEUの一般原則を超えて優先しようとし、新加盟国からは元加盟国の保護主義あるいはダブルスタンダードとの批判が出、西と東の格差の固定化が懸念される問題が起きている。EU益よりも国益を重視する運動も広がってきている。欧州の東西で地方・農村を基盤としたナショナリスト、極右政党も成長し、EU政策の批判や国益擁護が拡大している。そして、それらがEUに対する不信・不満を新加盟国の市民に植え付けている。

 そもそもヨーロッパ統合の父、クーデンホーフ・カレルギーは、多民族国家のハプスブルク帝国のオーストリア人貴族の父と日本人の母「ミツコ」から生まれて諸民族のヨーロッパ共同体をといたのである。EUにはその多様性を容認し異質者との平和的共存を認める道をとって欲しい。今日の日経新聞でオランダに於けるアラブ人との揉め事が書いてあったが、EUは民族の多様性を長い歴史から学んだその知恵で解決して欲しいものである。

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  • 『ミツコ』という名の伯爵夫人

    Excerpt: 貴族の家に嫁いだ東洋の真珠のような可憐な光子の清楚な美しさは、新聞や雑誌等でも取り上げられかなりな話題の貴婦人だったようです。私が、非常に興味を持ったのは、光子の夫で在るハインリッヒ・クーデンホーフ・.. Weblog: ひねもす ROKO BLOG racked: 2006-02-04 14:39